日々記録
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10代最後の1日は、至って平和に過ぎました。
明日、正確にはあと1時間半ほどで、20歳の誕生日を迎えます。
これまで19回、誕生日を過ごしてきたわけですが、その前日がこんなに不安で焦燥に満ちているのは、初めての気がします。
明日、何が変わるとかそんなことはない。
私自身は、何も変わらない。
だけど、もう変わらなくてはいけないんだ。
いつまでも子供じゃない。
周りから大人であることを求められ、そして何より自分自身が、子供のもつ純粋さを捨てつつある。
そのことに最近気がついて、少しだけ悲しくなりました。
それでは、節目なので、昔話をしようと思います。
小学校中学年のころ、母が過労で倒れたことがありました。お見舞いに行ったり、ごはんが毎日ホカ弁だったり、父と妹と3人で、しばらく家で過ごしていました。
そのときに思ったことがあります。
「そっか、お母さんも同じなんだ」
母も、私と同じなんだと、そう思いました。
母は真面目な人なので、それまで娘である私達の前で、仕事の愚痴など言ったことがなかった。私達のことを叱りこそすれ、それは私達のためだった。
私にとって、母は『お母さん』であって、私とはまったく異なる存在だったんです。
だけど、そんなことはない。
母もひとりの人なんだから、私と同じように、泣いたり怒ったり傷ついたり、病気もするし怪我もして、苦しいとも痛いとも思うはず。
母に対する気持ちがかなり変わったんです。
私が私以外を見た、最初のことだったと思います。
小学校の時は、かなり自由気ままでした。
友達は6年間ずっと一緒にいた子達ばかりだったので、何の気遣いもなく、好き放題やってたと思います。
それに気付かされたのが、中学生の時。
小学校で仲の良かった友達全員と離れ、1人少しだけかかわりのあったHと一緒に過ごしていました。
私は昔から友達とは狭く深く付き合っていたので、その頃もクラスに友達はHだけでした。
もちろんHはそんなことはなく、そのうちその子の友達Sが一緒にいるようになって、3人で過ごしていました。
中学1年の、6月頃だったと思います。
Sに呼ばれて自転車置き場に行くと、Hが私達を待っていました。SはHのそばに行き、2人は私と向かい合いました。
Sは、私のことが嫌いだと言いました。
嫌いだから一緒にいないで。Hは自分と一緒にいるから、Hにも近寄らないで。
ただそう言って、2人は去って行きました。Hが私に気遣わしげな視線を向けていたのを、なんとなく覚えています。
理由は、言ってもらえませんでした。
それまで3人で登校していたのですが、それもダメなんだと思って、2人よりだいぶ遅く学校に行くことにしました。
教室ではひとりでいました。本にハマり始めたのはこの頃で、完全な現実逃避でした。
どうして嫌われたのか、まったくわからなかった。
Sにとって、何か嫌なことをしたのだ、何か嫌なことを言ったのだと、思い当たったのはそれだけでした。
「何か」はわからなかった。
だから、私はそれ以来、不必要なことは行わず、言わなかった。
周りを見て、みんながどんな言動をしているのか、どうすれば受け入れられるのか考えて、極力当たり障りのないように、人に接していた。
1年の時は、秋頃に一人私に話しかけてきてくれた子がいて、それからは楽しく過ごしました。
3年間通してごちゃごちゃしていたのは、部活でした。
部活は大体2派に分かれていました。派手な子達と、そうでない子達でそれぞれグループを作って、時々派手な子達が相手グループのうちの1人を標的に、悪口を言ったりしていました。
私は、部活でも一番大人しい子として、いなくても同じであるかのように過ごそうと思っていました。
それが許されなくなったのが、2年の7月初め。
中学の部は、部長は前部長の指名制、それも実力主義、というのが決まりでした。
指名されたのは、私でした。
2派の間で、場合によっては、コーチも含めて3派の間で、それぞれにお伺いを立てる毎日でした。
嫌われることがトラウマになっていた私には、かなりキツかった。2派のうち誰かの勘に触れば、全員から排除されるだろうと思った。
だけど、全員に対していい子でいようなんてことは無理なので、面と向かって悪口を言われたこともあるし、陰で言われていたこともあったでしょう。
そう思っていたから、私はどちらにも深入りすることができなかった。
2派の間で宙づりのまま卒部を迎えて、学校を卒業して以来、私は中学の部活仲間に会ったことがありません。
この頃、心底嫌っていたことがあります。
それは、「ヒカリ」と「ヤミ」という、性格の区分です。
「ヒカリ」の側の、流行やお洒落やアイドルといったものが好きな子達が言い始めていて、彼女達は、流行に興味を持たず、アニメやゲームといったものが好きな子達を「ヤミ」と呼んで、軽蔑していたように見えた。
それはどういうことなんだと、私は内心で憤慨していました。
他人が何を好きであろうが、それは他人を軽蔑していい理由にはならない。
そんなことは絶対にしないと、心に決めています。
高校生活はとても楽しかった。
部活のみんなは優しく、中学のときのように悪口が飛び交うこともなかった。お洒落が好きな人も、アニメが好きな人もいたけど、ヒカリとかヤミとか関係なく、みんなで楽しく過ごした。
全国大会出場を目指し、みんなで一丸となって練習し、部活のありようについて考え、それぞれが全員のために練習に励んだ。
全国大会には一度も出られなかったけど、得たことは多かった。
みんながみんなのために頑張る、それはとても素晴らしいのだということ。
一人では決してできないことが、必ずあるということ。
いなくていい人など、ひとりもいないのだということ。
高校3年の9月の終わりの、たった1度の本番で、ホールに響いた最後の和音の美しさを、忘れないでおこうと思う。
ひとりひとりの声が、その和音をつくりあげた。
誰かひとりでも欠けていれば、あの和音はきっとなかった。
本番が終わって、ただ歌いきったという思いだけで、みんなで泣いた。
結果はまだ出ていないにも関わらず。
やっぱり全国には行けなくて、バスの中でまた泣いてた。
私は泣かなかった。演奏に満足してたし、私達はいなくなるけど、後輩が頑張ってくれることを知っていたし。
後輩が、「先輩がいなくなる」って泣いてくれたのは、本当に嬉しかった。
必要とされてたんだなーって、実感できた。
それに、同輩とはずっと仲間だと信じられた。
私がどう変わろうが、みんなとはずっと仲間だ。
今もそう思う。
そう思えることが、とても幸せだと思う。
そして、ここにやってきて、もう1年と少しが経つ。
ひとりで暮して、家族の大切さが身に染みた。
クラスが無くなって、クラスメイトの大切さを知った。
自由になって、規則の大切さを知った。
大人数のゆるいサークルに入って、それぞれの考え方の違いを知った。
バイトを始めて、社会というものを端から覗いて、その厳しさと、学校という世界との違いを知った。
そして、ひとりでいる時間がそれまでの何倍にもなって、わかったことがある。
私は、寂しがりで、甘えたがりで、とてもとても弱いのだということ。
どうしようもないほどに、他人を必要とするのだということ。
けれど、どれだけ足掻いたところで、私はひとりなのだということ。
私は私であり他の誰かではないから、他の人のすべてを理解することができないように、私のすべてを理解する人もいない。
わかっていながら、ひとときでも一緒にいてくれる人を、好意を寄せてくれる人を、求めざるを得ない。
人はひとりだけれど独りではいられない。
ね。
私はずっと私でしかない。
私は私のまま、ずっと日々を過ごしていく。
お母さんになってもお婆さんになっても、私はずっと私のまま。
考え方は変わるだろうし、性格も変わっていくだろうけど。
私はきっと、私のまま。
Happy Birthday for me
私へのプレゼントは、私が歩んできた道すべて。
明日、正確にはあと1時間半ほどで、20歳の誕生日を迎えます。
これまで19回、誕生日を過ごしてきたわけですが、その前日がこんなに不安で焦燥に満ちているのは、初めての気がします。
明日、何が変わるとかそんなことはない。
私自身は、何も変わらない。
だけど、もう変わらなくてはいけないんだ。
いつまでも子供じゃない。
周りから大人であることを求められ、そして何より自分自身が、子供のもつ純粋さを捨てつつある。
そのことに最近気がついて、少しだけ悲しくなりました。
それでは、節目なので、昔話をしようと思います。
小学校中学年のころ、母が過労で倒れたことがありました。お見舞いに行ったり、ごはんが毎日ホカ弁だったり、父と妹と3人で、しばらく家で過ごしていました。
そのときに思ったことがあります。
「そっか、お母さんも同じなんだ」
母も、私と同じなんだと、そう思いました。
母は真面目な人なので、それまで娘である私達の前で、仕事の愚痴など言ったことがなかった。私達のことを叱りこそすれ、それは私達のためだった。
私にとって、母は『お母さん』であって、私とはまったく異なる存在だったんです。
だけど、そんなことはない。
母もひとりの人なんだから、私と同じように、泣いたり怒ったり傷ついたり、病気もするし怪我もして、苦しいとも痛いとも思うはず。
母に対する気持ちがかなり変わったんです。
私が私以外を見た、最初のことだったと思います。
小学校の時は、かなり自由気ままでした。
友達は6年間ずっと一緒にいた子達ばかりだったので、何の気遣いもなく、好き放題やってたと思います。
それに気付かされたのが、中学生の時。
小学校で仲の良かった友達全員と離れ、1人少しだけかかわりのあったHと一緒に過ごしていました。
私は昔から友達とは狭く深く付き合っていたので、その頃もクラスに友達はHだけでした。
もちろんHはそんなことはなく、そのうちその子の友達Sが一緒にいるようになって、3人で過ごしていました。
中学1年の、6月頃だったと思います。
Sに呼ばれて自転車置き場に行くと、Hが私達を待っていました。SはHのそばに行き、2人は私と向かい合いました。
Sは、私のことが嫌いだと言いました。
嫌いだから一緒にいないで。Hは自分と一緒にいるから、Hにも近寄らないで。
ただそう言って、2人は去って行きました。Hが私に気遣わしげな視線を向けていたのを、なんとなく覚えています。
理由は、言ってもらえませんでした。
それまで3人で登校していたのですが、それもダメなんだと思って、2人よりだいぶ遅く学校に行くことにしました。
教室ではひとりでいました。本にハマり始めたのはこの頃で、完全な現実逃避でした。
どうして嫌われたのか、まったくわからなかった。
Sにとって、何か嫌なことをしたのだ、何か嫌なことを言ったのだと、思い当たったのはそれだけでした。
「何か」はわからなかった。
だから、私はそれ以来、不必要なことは行わず、言わなかった。
周りを見て、みんながどんな言動をしているのか、どうすれば受け入れられるのか考えて、極力当たり障りのないように、人に接していた。
1年の時は、秋頃に一人私に話しかけてきてくれた子がいて、それからは楽しく過ごしました。
3年間通してごちゃごちゃしていたのは、部活でした。
部活は大体2派に分かれていました。派手な子達と、そうでない子達でそれぞれグループを作って、時々派手な子達が相手グループのうちの1人を標的に、悪口を言ったりしていました。
私は、部活でも一番大人しい子として、いなくても同じであるかのように過ごそうと思っていました。
それが許されなくなったのが、2年の7月初め。
中学の部は、部長は前部長の指名制、それも実力主義、というのが決まりでした。
指名されたのは、私でした。
2派の間で、場合によっては、コーチも含めて3派の間で、それぞれにお伺いを立てる毎日でした。
嫌われることがトラウマになっていた私には、かなりキツかった。2派のうち誰かの勘に触れば、全員から排除されるだろうと思った。
だけど、全員に対していい子でいようなんてことは無理なので、面と向かって悪口を言われたこともあるし、陰で言われていたこともあったでしょう。
そう思っていたから、私はどちらにも深入りすることができなかった。
2派の間で宙づりのまま卒部を迎えて、学校を卒業して以来、私は中学の部活仲間に会ったことがありません。
この頃、心底嫌っていたことがあります。
それは、「ヒカリ」と「ヤミ」という、性格の区分です。
「ヒカリ」の側の、流行やお洒落やアイドルといったものが好きな子達が言い始めていて、彼女達は、流行に興味を持たず、アニメやゲームといったものが好きな子達を「ヤミ」と呼んで、軽蔑していたように見えた。
それはどういうことなんだと、私は内心で憤慨していました。
他人が何を好きであろうが、それは他人を軽蔑していい理由にはならない。
そんなことは絶対にしないと、心に決めています。
高校生活はとても楽しかった。
部活のみんなは優しく、中学のときのように悪口が飛び交うこともなかった。お洒落が好きな人も、アニメが好きな人もいたけど、ヒカリとかヤミとか関係なく、みんなで楽しく過ごした。
全国大会出場を目指し、みんなで一丸となって練習し、部活のありようについて考え、それぞれが全員のために練習に励んだ。
全国大会には一度も出られなかったけど、得たことは多かった。
みんながみんなのために頑張る、それはとても素晴らしいのだということ。
一人では決してできないことが、必ずあるということ。
いなくていい人など、ひとりもいないのだということ。
高校3年の9月の終わりの、たった1度の本番で、ホールに響いた最後の和音の美しさを、忘れないでおこうと思う。
ひとりひとりの声が、その和音をつくりあげた。
誰かひとりでも欠けていれば、あの和音はきっとなかった。
本番が終わって、ただ歌いきったという思いだけで、みんなで泣いた。
結果はまだ出ていないにも関わらず。
やっぱり全国には行けなくて、バスの中でまた泣いてた。
私は泣かなかった。演奏に満足してたし、私達はいなくなるけど、後輩が頑張ってくれることを知っていたし。
後輩が、「先輩がいなくなる」って泣いてくれたのは、本当に嬉しかった。
必要とされてたんだなーって、実感できた。
それに、同輩とはずっと仲間だと信じられた。
私がどう変わろうが、みんなとはずっと仲間だ。
今もそう思う。
そう思えることが、とても幸せだと思う。
そして、ここにやってきて、もう1年と少しが経つ。
ひとりで暮して、家族の大切さが身に染みた。
クラスが無くなって、クラスメイトの大切さを知った。
自由になって、規則の大切さを知った。
大人数のゆるいサークルに入って、それぞれの考え方の違いを知った。
バイトを始めて、社会というものを端から覗いて、その厳しさと、学校という世界との違いを知った。
そして、ひとりでいる時間がそれまでの何倍にもなって、わかったことがある。
私は、寂しがりで、甘えたがりで、とてもとても弱いのだということ。
どうしようもないほどに、他人を必要とするのだということ。
けれど、どれだけ足掻いたところで、私はひとりなのだということ。
私は私であり他の誰かではないから、他の人のすべてを理解することができないように、私のすべてを理解する人もいない。
わかっていながら、ひとときでも一緒にいてくれる人を、好意を寄せてくれる人を、求めざるを得ない。
人はひとりだけれど独りではいられない。
ね。
私はずっと私でしかない。
私は私のまま、ずっと日々を過ごしていく。
お母さんになってもお婆さんになっても、私はずっと私のまま。
考え方は変わるだろうし、性格も変わっていくだろうけど。
私はきっと、私のまま。
Happy Birthday for me
私へのプレゼントは、私が歩んできた道すべて。
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人いっぱいすぎるー(-o-;)
次は岩石学にしようか、生化学にしようか…
次は岩石学にしようか、生化学にしようか…
バイト終わり、ボディーソープを買おうとコンビニへ向かって家の前を通り過ぎたあたりで、猫発見!
猫好きなんですよ~。犬も好きですが(#^.^#)
周りに人もいなかったので、ニャーと鳴き真似をしてみました。
普通の野良猫はこれで逃げますが、その猫はなんと鳴き返してくれました!
そのあとも何回か鳴き真似したら、なんと猫の方から寄ってきてくれたんですよw
足にすり寄って、ころっておなか見せて寝転がって……
もう可愛くて可愛くて……ッ(〃▽〃)
頭撫でておなか撫でて背中撫でて、とにかく撫でまわしました!
可愛かった~、また会いたい(^^*)
あ、飼い猫でした笑
それから、友人カナから電話がかかってきました。
カナは高3のときのクラスメイトで、進んだ大学が近いこともあり、良いお付き合いしてる友達です。
夏休み、私とカナと関東の私大に進学したシィの3人で、この辺で遊ぼうって話をしてて、その日程の確認でした。
シィは高校の時の部活仲間なのですが、一浪してて、去年はちっとも遊べなかったので。
ぜひ3人で遊ぼうよ!とカナとシィが言ってくれたらしく、私もお仲間に加われそう。
問題は、2人をここに泊めるってことで……
大丈夫、とか言ったけど、本当に泊まれるのか、この狭い部屋で……
まぁそのついでに雑談をしました。
この時期はみんな鬱憤堪りますからねー、テストで(笑)
カナは物理学実験に苦戦してるようです。
うん、頑張れ!
今日はオーラルのテストをしてきました。
これでもう学科の友達、エリとトモとはほとんど会わなくなるなーと若干寂しくなってみたり。
ほんとに会わないんですよ。
3人とも個人主義で、同じ授業受けてても、その授業だけの日だったら、喋らず帰りますからね。
てことで、これで2人とまともに話すのは、火曜日だけということに……。
クラブもテスト休みに突入したし、これからは一人での戦いです。
寂しいなぁ……
猫好きなんですよ~。犬も好きですが(#^.^#)
周りに人もいなかったので、ニャーと鳴き真似をしてみました。
普通の野良猫はこれで逃げますが、その猫はなんと鳴き返してくれました!
そのあとも何回か鳴き真似したら、なんと猫の方から寄ってきてくれたんですよw
足にすり寄って、ころっておなか見せて寝転がって……
もう可愛くて可愛くて……ッ(〃▽〃)
頭撫でておなか撫でて背中撫でて、とにかく撫でまわしました!
可愛かった~、また会いたい(^^*)
あ、飼い猫でした笑
それから、友人カナから電話がかかってきました。
カナは高3のときのクラスメイトで、進んだ大学が近いこともあり、良いお付き合いしてる友達です。
夏休み、私とカナと関東の私大に進学したシィの3人で、この辺で遊ぼうって話をしてて、その日程の確認でした。
シィは高校の時の部活仲間なのですが、一浪してて、去年はちっとも遊べなかったので。
ぜひ3人で遊ぼうよ!とカナとシィが言ってくれたらしく、私もお仲間に加われそう。
問題は、2人をここに泊めるってことで……
大丈夫、とか言ったけど、本当に泊まれるのか、この狭い部屋で……
まぁそのついでに雑談をしました。
この時期はみんな鬱憤堪りますからねー、テストで(笑)
カナは物理学実験に苦戦してるようです。
うん、頑張れ!
今日はオーラルのテストをしてきました。
これでもう学科の友達、エリとトモとはほとんど会わなくなるなーと若干寂しくなってみたり。
ほんとに会わないんですよ。
3人とも個人主義で、同じ授業受けてても、その授業だけの日だったら、喋らず帰りますからね。
てことで、これで2人とまともに話すのは、火曜日だけということに……。
クラブもテスト休みに突入したし、これからは一人での戦いです。
寂しいなぁ……
今日は朝起きた瞬間に行くのが嫌になりました。
理由は、あまりにも空の青色が濃くて、窓の向こうの白いマンションが太陽かと見紛うほどに輝いていたから。
瞬時に、今日はものすごく暑いんだとわかりましたよ、ええ。
昨日英語オーラルのテスト勉強をしなかったので、今日苦しんだ次第です。
しかし、平常点があれば大丈夫だよという風なことを言われたので、多分大丈夫だと思います。試験もテキストそのままだというし。
それよりもヤバいのは岩石学と地質学な気がします。
選択必修とはいえ専門科目なので、単位ほしい……
相平衡図とかわかんない!
ただ、地質学でたまに惑星の話が出るとわくわくしたので、やっぱり好きなんだなーとわかったのは良かった。
けど、図学とかできないよ!笑
明日は久しぶりにバイトです。
そろそろサークルがテスト休みに入るだろうと思っていれたのに、まだテスト休みじゃなくて被っちゃいました。
しかたないんで、サークルを途中で抜けます。
去年の運営回生(現4回生)に比べて、今年の運営回生(現3回生)はここが甘い気がします。
もうちょっと予定を早めに教えて頂きたいのです。決まってないわけないんですから。
飲み会とかはしかたないけど、練習予定くらい前月末には教えてほしいな……欲張りかな……
では、ちょろっとゲームして寝ようと思います。
おやすみなさい(*^^)v
理由は、あまりにも空の青色が濃くて、窓の向こうの白いマンションが太陽かと見紛うほどに輝いていたから。
瞬時に、今日はものすごく暑いんだとわかりましたよ、ええ。
昨日英語オーラルのテスト勉強をしなかったので、今日苦しんだ次第です。
しかし、平常点があれば大丈夫だよという風なことを言われたので、多分大丈夫だと思います。試験もテキストそのままだというし。
それよりもヤバいのは岩石学と地質学な気がします。
選択必修とはいえ専門科目なので、単位ほしい……
相平衡図とかわかんない!
ただ、地質学でたまに惑星の話が出るとわくわくしたので、やっぱり好きなんだなーとわかったのは良かった。
けど、図学とかできないよ!笑
明日は久しぶりにバイトです。
そろそろサークルがテスト休みに入るだろうと思っていれたのに、まだテスト休みじゃなくて被っちゃいました。
しかたないんで、サークルを途中で抜けます。
去年の運営回生(現4回生)に比べて、今年の運営回生(現3回生)はここが甘い気がします。
もうちょっと予定を早めに教えて頂きたいのです。決まってないわけないんですから。
飲み会とかはしかたないけど、練習予定くらい前月末には教えてほしいな……欲張りかな……
では、ちょろっとゲームして寝ようと思います。
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勉強しませんでした。ええ。
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ということで、ブログ村さんを起点にあちこちうろうろしてたら、楽しげなブログパーツを見つけたので持ってきてしまいました。
ぷよぷよミニゲームです。
お暇でしたらどうぞ。
しかし、最大の目的は自分の遊び用(笑)
それでは、また明日w
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お暇でしたらどうぞ。
しかし、最大の目的は自分の遊び用(笑)
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